八発白中

技術ブログ、改め雑記

クローン病として17年間治療していたが違う病気だった

「すると、蘭方はわからぬことばかりでござるな」
 松岡は、大きく笑った。
「左様」
 伊之助はうなずき、
「蘭方はほんのすこしだけ人体と病気のことについてわかっている。漢方は唐土の神代の昔から陰陽五行説なる大投網(おおとあみ)にて人間をひっからげてしまうために、すべてが初めからわかっている。しかしすべてわかっているということは、何もわかっていないということと同じです」

彼岸もすぎて空を覆う羊雲を眺めながら、相変わらず医学というのは分からぬことばかりで無力だなと感じています。

首相辞任のニュースにより「潰瘍性大腸炎」という病気がにわかに有名になりました。大腸に潰瘍ができること。食餌制限があること。原因がわかっておらず完治しないこと、などがこの病気の概略的な説明でしょうか。

似た病気に「クローン病」というものもあります。こちらは大腸に加えて、小腸、胃、食道など消化管全体に同様の潰瘍ができる病気です。どちらも自己免疫性疾患で、IBD (炎症性腸疾患, Inflammatory Bowel Disease) と合わせて呼称されることが多く、“兄弟”病とも言えるような病気です。

私は15歳のときにこのクローン病の診断を受けました。

ところが、その後の治療はどれも芳しくなく入院を繰り返し、一度は大腸切除手術まで行ったにも関わらず、結果的に違う病気だったという診断に至りました。似たような境涯の人もいるかもしれないので記録として残しておきます。

免責事項: 私は医学の素人なので記載内容の医学的な正しさは保証されません。

何の病気だったの?

新しい診断は「家族性地中海熱」という病気でした。

この病気の症状には典型例と非典型例がありますが、典型的には1ヶ月程度のサイクルで38度以上の発熱と激しい体の痛みがあるというものです。発熱は半日から72時間続き、自然に快癒するという発作的な症状を示します。

この病気は特定の遺伝子によって引き起こされる病気とわかっています。病名に冠された「家族性」というのは遺伝するという意味です。ただし、劣性遺伝するため、必ずしも血縁者が同病気を患うわけではありません。

もともとトルコやアラブ、アルメニアなど地中海地方の国で多く見られたため地方病と考えられており「地中海熱」という名前がついているようです。しかし、遺伝性であることから土地柄よりも民族的な違いのほうが強く、場所が限定されるものではありません。のちにイギリス、インド、中国、アフガニスタンハンガリー、日本でも発症報告が出ています。*1

日本での患者数としては、潰瘍性大腸炎が12.5万人、クローン病が4.3万人に対して、家族性地中海熱は267人です。*2

病名 患者数 人口比
潰瘍性大腸炎 124,961 0.0988%
クローン病 42,548 0.0336%
家族性地中海熱 267 0.0002%

人口比0.1%以下が難病とされており、潰瘍性大腸炎は難病の中では患者数が多く、パーキンソン病に次いで国内2番目の多さです。クローン病はその1/3程度。

それに比べると家族性地中海熱は希少な病気と言えそうですが、潜在的な患者数はもう少し多いと考えられています。

たとえば1ヶ月の周期的な発熱と腹痛というのは女性患者の半数は生理と重なり、自ずと見過ごされがちになるといった要因があるようです。

はじめに主治医からこの病気について聞いたとき「東北と九州に患者数が多い」と言われました。

はて、民族的な共通点があったかな?――と考えたのも束の間で、先生は笑いながら「岩手に専門医の方がおられてしきりに患者を『発見』されたので患者数が多いのです。そしてその先生は今福岡にいます」と種明かしをしてくれました。

後で調べるとこの2県の患者数が際立って多いというデータは見つかりませんでしたが、実際には日本人にもある病気なのだという認識が医者の間にもなく、患者の多くが放棄されているようだというエピソードとしては象徴的だと思います。

なぜ診断をあやまったのか?

ここから「家族性地中海熱」を「FMF」と表記します。

ここまでの説明だけを見ると、さてIBDとの共通点は何かな?と疑問に感じます。なにしろFMFの症状の説明を見ても、どこにも腸疾患の説明はないのです。

実は、近年になってIBDのような症状を示すFMFの患者の報告が増えているようなのです。

2012年12月に札幌医科大学の医師たちが症例レポート*3を上げています。

この事例ではIBDとして典型的な特徴 (おそらく縦走潰瘍?) はなかったとしていますが、粘膜性の腸炎があり、最終的にはFMFの治療薬であるコルヒチンの投与のみで寛解にまで至ったという目が覚めるような事が書かれています。

これに続いて2018年1月の岩手医科大学の医師たちの症例レポート*4では、縦走潰瘍というIBDに特徴的な腸病変を持つ男性がクローン病と診断されていたにも関わらず、のちに遺伝子検査でFMFであることがわかったという事例がありました。

海外の事例でも、先んじる2010年12月にトルコの報告*5にて、IBD患者群に対してFMFの遺伝子検査を行ったところ、クローン病の患者にFMFに特徴的な遺伝子変異を多く見つけたというものもあります。

これらのことから、IBDと診断されている患者の中にも実はFMFの患者が含まれているのではないかという疑惑が生まれています。

私の場合も縦走潰瘍が小腸・大腸に広く見られ、クローン病として診断されるのは無理もないかなと私自身思います。

けれども、それとは別に頻繁な発熱はありましたし、レミケード、ヒュミラ、ステラーラなどクローン病の新薬と謳われたものはいち早く使ってきていずれも効果が薄かったです。

FMFの特徴の一つである、虫垂炎のような激しい腹痛がない、ということでなかなか遺伝子検査に話が進まなかったのですが、結局はやることになりました。

遺伝子検査をする

遺伝子を解析して病気やその血縁者、背景を明らかにすることは社会的な影響が大きいという共通理解が医学界ではあるようです。

たとえば遺伝子検査をすることで、この配列は病気になりやすいといった理由で保険に入れなかったり、結婚を断られたり、血縁関係から差別に繋がったりなどが考えられます。

厚生労働省ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針では、基本方針の第一に「人間の尊厳の尊重」を掲げています。

そういう時勢で、私のFMF診断のための遺伝子検査も倫理委員会の審議と承認を経なければなりませんでした。そこからくる主治医の腰の重さも感じていたため、ただ待つだけの私自身も少し気が重かったです。そして、待っている間の治療は大して効かない薬を現状維持で投与し続けることになります。

過去の記録をさかのぼると、

  • 2018/03 FMFという病名を聞く
  • 2018/08 遺伝子検査をすることで主治医と合意
  • 2018/12 倫理委員会の審議を通過したとの報告あり。検体送付。
  • 2019/11 遺伝子検査結果からFMFと診断される

という時系列で話が進み、審議だけで4ヶ月、検査にはさらに時間がかかって11ヶ月を要しています。

結果的には正しい病名を知れてよかったね、なのでしょうが、聞いたときは今までの17年の苦労はなんだったのかと呆然としました。

どう受け止めていいのか困る私を前に、主治医はひどく観念的な話をしました。

「遺伝子に“異常”があるのではないのです。これも昔から人々にある個性や癖です。人によっては手が器用だったり足が速かったり。それと同じで消化が下手な人もいます。免疫システムの使い方が下手な人もいます。そういった人々に病気として現れているだけなんです」

こういう説法を患者ごとにしているから診察時間が2時間も遅れるのだという冷めた目も秘しつつ、確かにそのようなものかな、と意味もなく気持ちが軽くなるような気がしました。

その後の治療

FMFと診断されたあとも、従来のIBD専門医に診てもらっているというのは不思議な感じがします。しかし、FMFの専門医というのは実際ほとんどおらず、私の非典型例の“IBD的な”症状について専門の医師に診てもらうのが現状のベストなのかもしれません。

FMFは特効薬ともいうべき「コルヒチン」という薬があります。一般的には痛風に使われる錠剤で、これを継続的に飲み続けることで約90%以上の患者は快癒すると言われています。

これを私も1年弱飲み続けているわけですが、私にはどうやら効き目が薄いようです。「これまでの長い病歴による慢性的な潰瘍を抑えるにはコルヒチンは力不足なのかもしれない」と主治医は自信なさげな説明をしました。

自分でも個人的にFMFについて調べてみましたが、まだわからないことばかりの病気です。「胡蝶の夢」の伊之助の時代から随分と進歩したはずの医学も、相変わらず私の病気は治せないのだということに驚きつつ、どうにも困った“個性”を受け継いだものだな、と自分の遺伝子に呆れる毎日です。

胡蝶の夢(一)(新潮文庫)

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