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技術ブログ、改め雑記

女性の社会進出によって加速するジェンダー格差と企業による搾取

コロナ禍に見舞われてから、「エッセンシャルワーク」という単語を目にするようになりました。社会の中で必要不可欠な仕事、医療従事者や宅配業の配達員、スーパーマーケットの店員、ごみ収集員などがそれに当たります。

一方で、2020年7月に日本語訳の「ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論」 が刊行されるなど、個人的には仕事とは何か、必要か必要じゃないかという視点を持つことが頻繁になりました。

ブルシット・ジョブとは、被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で、不必要で、有害でもある有償の雇用の形態である。とはいえ、その雇用条件の一環として、本人は、そうではないと取り繕わなければならないように感じている。

私は彼の「負債論」に魅了されて以来デヴィッド・グレーバーの軽いファンだったので、彼の新刊であるブルシット・ジョブは出版されてすぐに読みました。書かれたショッキングな内容に「テクノロジーを使って生産性を上げる努力をしてきたプログラマの存在価値とは……?」と思い悩み、仕事が手に付かない日もありました。

そして、必要な仕事とは何か、自分ができることは何かなどを考える中で、経済、宗教、歴史、文化人類学などの本を読み進めて現代社会に対するさまざまな疑問と回答を得ました。

その一つが「家事」に関して現代で横行している新たな搾取の疑惑です。

家事というケア労働

「家事」というものは全年齢層で最も身近な労働だと思います。自分や家族の食事を用意したり片付けたりすること、素材の買い出し、家の掃除やゴミ捨て、子どもを含む家族の世話、衣類の洗濯、また家庭によっては庭の水やりやペットの世話も含まれるでしょう。つまりは賃金が発生しない家庭内の仕事のことです。

家事は数日怠っただけで台所に洗い物が溜まったり、洗濯物が山積みになったり、ゴミ箱が溢れたり、テーブルの上に物が散乱したりします。料理をせずにファストフードばかりで済ませていると遅かれ早かれ健康を害するでしょう。生活するためには無視できない仕事という意味では、家事もエッセンシャルワークと言えるかもしれません。

歴史的にはこの家事や育児は女性が担ってきた社会が多いようです。

なぜ、脱成長なのか」という本では産業革命を通じて賃労働の仕組みがどのように生まれ、男女の役割が固定化されていったのかを説明した箇所があります。

経済拡大のための労働力を安く供給し、維持し、増やしていく手段として、生産労働/再生産労働*1の性別分業は数世紀をかけていっそう進化した。イタリア出身でフェミニスト社会学者シルヴィア・フェデリーチは、人的資源を再生産する機械という女性の立場を固定した暴力的な歴史的経緯を明らかにしている*2。男性においても特定の層は、他人にとっての利益を生む機械という立場が、等しく暴力的な経緯によって固定されていった。

(中略)

搾取を通じた成長は、片方を選びもう片方を犠牲にするという、アンバランスな関係で成り立っている。労働者に払う賃金を下げれば、生産コストも下げられるが、労働者が健康を維持し消費活動を行う能力は損なわれる。女性に無償で家事労働をさせれば、男性は賃金労働者として、雇用主にとって効率のよい働き方をする。
――「なぜ、脱成長なのか」4名共著

こういった社会全体での分業化と賃労働の発生、男女の役割の固定化は日本では太平洋戦争後の昭和期に定着しました。引用した文に記載されていますが、ここで男性が行う1日8時間の労働というのは、女性の無償によるフルタイムの家事育児によって支えることが前提となっています。

けれど、現代では女性の活躍と謳って、女性たちを労働市場に送り出している。結果として男女ともども生産労働に従事することになってしまっています。

えっと、そうすると家事って誰がいつやればいいの?

家事はどこへ消えた

今まで専業主婦がフルタイムで行っていた家事が、現代ではやる必要がなくなったわけではないでしょう。結局会社で賃労働をしつつ、空き時間で家事や育児もやるという生活をせざるを得ません。

近年、日本に限らずこの家事労働が、女性が働く社会でも女性に負担が偏っているという指摘があります。

2013年にスペインで行われた研究で、各個人が年間の時間 (hours/year) をどのように生活しているかをカテゴリ別に集計したものを示します*3

以下はその時間を男女別に分けたものです。 左が男性、右が女性の時間の使い方を示します。

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男女別の生活に使う時間のカテゴリ別割合

カテゴリの説明は以下です。

  • PO(水色, Physical Overhead): 睡眠や食事など生きるために必要な時間
  • STs(赤, Study at school): 学校での勉学
  • STu(黄色, Study at university): 大学での勉学
  • UW(黄緑, Unpaid Work): 家事育児
  • PW(紫, Paid Work): 賃労働
  • LE(黄土色, Leasure and Entertainment): 娯楽
  • TR(茶色, Transport): 移動する時間

男性も女性も似通っていますが、UW(家事育児)とPW(賃労働) の割合が違います。男性の方が賃労働が多く、女性の方が家事労働が多いです。このことから、女性が生産労働もしながら家事も引き続き引き受けていることがわかります。そしてその合計時間割合(UW + PW)を考えると、男性は19.9%、女性は23.4%と少しだけ女性の労働時間が長いです。

「全年齢の合計データだから、高齢者の家庭が割合を引き上げているのではないの?」という疑問については以下の年代別グラフが回答になります。労働世代の25〜64歳に絞ってみても同じ傾向が見られます。

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年代別の男女の生活の時間配分

「女性活躍」の課題

このように家事労働の負担にジェンダー間の偏りがあるにもかかわらず、女性も社会で働きましょう、と言っても女性の負担が増えるだけです。負担を軽減しないまま推進すれば、仕方なくパートタイムの非正規労働を選ぶ傾向を作ります *4。これではジェンダー差別の現場が家庭から労働市場に移っただけで男女平等の実現には程遠いでしょう。

それでも8時間の正社員労働を行おうとする女性は、娯楽時間を諦めるか、睡眠時間を数時間は減らさなければ24時間の枠に収まりません。パートナーの協力を得られたとしてもお互いの負担は無視できません。有り体に言えば2人で3人分の仕事をこなすことを現代では求められているわけです。

そんな苦しい社会の中で、得をしている市場プレイヤーもいます。それは雇用主、つまり企業です。

大量の女性が労働市場に流れ出ることで安い労働力を潤沢に得た企業は、生産コストを下げて余剰利益を上げやすくなります。

やや穿った見方かもしれませんが、経済成長を掲げた本邦の政府が2015年に成立させた女性活躍推進法は、少子化による労働人口の減少を補完する安い労働力として女性たちを労働市場に供給することで、企業が利益を得て株価をあげ、見た目上の経済成長を演出する一助としたと考えることもできます。

男性にもいいことはありません。労働人口がカサ増しされたことで男性の労働力の価値も下がり、企業に対する立場が低くなって給与交渉がしづらくなったり、悪ければ失業したりする危険もあります。一方で家庭に帰れば家事育児への参加を当然ながら求められるでしょう。

男女平等参画を推進するときの障害として政治や企業、あるいは経済システムが話題に上ることはあまりないと感じます。そういったものよりは、家事に非協力的な男性が槍玉に挙げられることが一般的な声としてよく見受けられます。

けれど、各家庭からやや引いた視点で見てみると、前述したように男性も女性も段々つらい社会になっていっています。その現状で手近にいる男性に怒りをぶつけてもいいことはなさそうです。

どうすればいい?

男性は8時間の生産労働、女性は再生産労働をすることで持続可能となった産業革命以降の社会システムが現代では適応できなくなってきているのだとすると、新たな持続可能な労働のルールを雇用主と労働者の間で考える必要があります。

そのためにできることは、男性も女性も協力して一律に労働時間を削減するように企業や社会に求めることだと私は思います。育児休業の制度を作り取得しやすい環境を整えるのはもちろんのこと、時短勤務や週休3日以上の柔軟な労働契約も選択可能にするなどが考えられます。

2020年にフィンランドで若くして首相になったマリン氏は、1日6時間労働・週休3日制の社会を目指すと表明しました。

www.businessinsider.jp

男性も女性もマイナス2時間の労働時間で、その間に協力して家事育児をやるならば今よりずっと無理もなくなるでしょう。

企業の取り組みの例としては、日本マイクロソフト社が実験的に週休3日制を導入してその成果を好意的に評価していますし、ヤフー社は週休3日制の導入を検討しているという話もありました。

www.nikkei.com

大企業でこういった動きが国内でも見られるのは良いことだと思います。ただ、IT業界という変化に寛容な業界に少数の例が見られるだけなので、社会全体がその恩恵を受けられるよう継続的に社会・企業に変容を求めていく必要がありそうです。

*1:「再生産労働」とは、直接的にモノを生産せず、報酬が発生しない労働のこと。生殖・出産活動を含む家事労働など。

*2:引用元注釈: シルビア・フェデリーチ『キャリバンと魔女 資本主義に抗する女性の身体』(小田原琳・後藤あゆみ訳、以文社、2017年)

*3:出典: Household work and energy consumption: a degrowth perspective. Catalonia’s case study

*4:実際、非正規雇用の男女別の割合は、男性は21.9%なのに対し、女性は55.5%という数字が男女共同参画局から公表されています I-2-6図 年齢階級別非正規雇用労働者の割合の推移 | 内閣府男女共同参画局